So-net無料ブログ作成
検索選択

競馬-ダービーニュースいろいろ(2013/03/31) [競馬]

※ 「東京優駿の号がないぞ」と思われた方はここ
※ その他ここに掲載していない号はここ
※ 「日○競馬」派のためいきなり24年前からの掲載…昭和40年代のもの主体です

20130331_71.jpg
 2013/3/31号(最終号)、1985/10/27号(第92回天皇賞(秋))、1963/11/17号(第24回菊花賞)

 ダービーニュースが3/31をもって休刊となります。過去のダービーニュースは少なからず保存してあり、主要なレースの号を遡っていく形で紹介していきます。

20130331_01.jpg
 1989年5月20日(第50回オークスの前日)
 別ウインドウで拡大(800×566)
 馬柱(1414×1052)

 この年をもって24頭立てはなくなります。同枠が4頭いた最後のレースですね。

20130331_03.jpg
 1985年12月12日(第30回有馬記念)
 別ウインドウで拡大(1200×849)
 馬柱(798×1058)
 陣営コメント(640×585)

 穴党ギブアップで売上が激減…シンボリルドルフがミホシンザンを相手にしなかった競走でした。

20130331_06.jpg
 1985年6月16日(地方競馬招待)
 別ウインドウで拡大(800×566)
 馬柱(798×1056)

 交流競走の先駆け地方競馬招待。地方競馬招待の名前ではこの年が最後で、翌年からオールカマーに地方招待馬が出走する形に。
 勝ったのは南関東のテツノカチドキ、地方馬が強かった時代ですね…この年のジャパンカップ2着がやはり南関東のロッキータイガーでした。


20130331_08.jpg
 1974年5月19日(第35回オークス)
 別ウインドウで拡大(800×566)
 馬柱(1508×1062)
 陣営コメント(236×1062)

 ダービーニュースというとグリーンのイメージですが、この頃はまだ白黒。場外締切も1時間半前、ダービーニュースの定価も150円で…そんな時代でした。
 (競馬の神様は休養中だったようです…)

 今回は「続きを読む」を付けました。昭和47年(1972)~昭和38年(1963)年までのダービーニュースを並べますが、かなり重いと思われます。興味のある方はクリックしていただければ…

続きを読む


nice!(2)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感

競馬-日本ダービー開催時の競馬新聞の歴史(2010/05/25) [競馬]

※画像はすべてクリックすると大きくなります
※2011/05/23 一部追記しました

 来週はいよいよ第77回日本ダービー(東京優駿)です。昨年は中央競馬会発行のレーシングプログラム、出走表の歴史を紹介したのですが、今年は日本ダービー開催時の競馬新聞を紹介します。

 まずは最近?の競馬新聞から…

20100525_00.jpg

20100525_01.jpg
 1985年(昭和60年)日本ダービー。勝ったのはシリウスシンボリ

 25年前のものですが、この頃から競馬新聞は紙質・体裁がほとんど変わっていません。ただ出走頭数は全然違っていて、ダービーの頭数もそうですが、その日は10頭立て以下のレースが5つもあり(特別レースは9頭立ての連続)、そういう意味でもダービーがお祭りレースだったというのが分かります。
 この頃は既に場外締切も発走の10分前と、かなり便利になっていました。

 では少しずつ遡っていきます。第1次競馬ブームといえば…

20100525_02.jpg

20100525_03.jpg
 1973年(昭和48年)日本ダービー。勝ったのはタケホープ

 場外締切は遅いところでも発走の90分前ということで、時代を感じさせます。

20100525_04.jpg

20100525_05.jpg

20100525_06.jpg

 ハイセイコーの単勝支持率は66.7%あったのですが、もし取消のような事態があっても馬券の返還が単勝複勝以外起こらないという問題がありました。
 そこでできたのが単枠指定制度でした。

20100525_15.jpg
 1974年(昭和49年)皐月賞。勝ったのはキタノカチドキ
 左上の「ファンのみなさまへ」の詳細が分かりませんが気になりますね…

 これが初めての単枠指定でしたが、キタノカチドキは見事勝利して期待に応えました。しかし初めてということもあってか競馬新聞には「単枠指定(馬)」の文字が載っていませんでした…。

20100525_16.jpg

 馬柱の右下に「2キタノカチドキ号はシード(14頭2枠)されましたので連勝番号は2番になっております」とありますが、普通に2番に入ってもこの頭数だと単枠な訳で…。
 ちなみにその年はストライキの影響で皐月賞の開催が延びていました。そんな状況でよく単枠にしましたね…。
(単枠指定ですが馬連が導入された1991年に廃止となっています)

2011/05/23追記-昭和49年ダービーの競馬新聞も出てきたので載せます。

20110523_1.jpg

20110523_3.jpg

20110523_2.jpg

20110523_4.jpg
 昭和49年5月26日ダービーニュース

 第41回日本ダービーでは7枠に入ったので単枠指定競走らしい馬柱の格好になりました。競馬の神様だけがキタノカチドキの印を大きく下げていますね。
(当初は単枠指定とは呼ばず、シードといっていたそうです)

追記終わり


 ダービー時の競馬新聞の話に戻ります。競馬ではよく「二強」、「三強」という表現が使われますが、三強といえば…

20100525_07.jpg

20100525_08.jpg

20100525_09.jpg
 1968年(昭和43年)日本ダービー。勝ったのはタニノハローモア

 レース番号が時代を感じさせます。3強の対決はタケシバオーがアサカオ―、マーチスに先着するもタニノハローモアの大逃走を許してしまったのです。
 ちなみに単勝は3,960円付いたのですが、ダービーは勝ち馬に関しては波乱の少ないレースで、これより単勝のついたのは(JRAのサイトで)成績の分かる第22回以降を見てもタケホープの5,110円だけです。


 最後に紹介するのは…

20100525_10.jpg

20100525_11.jpg

20100525_12.jpg
 1964年(昭和39年)日本ダービー。勝ったのはシンザン
 

 ダービーや有馬記念の日のスポーツ新聞に著名人の予想の載ることがありますが、大映の俳優、それも今から見るとビッグネームの方が予想されています。これが先駆けなのですかねえ?
 ちなみにダービーニュースは東映と提携して競馬新聞で入場料割引というのもしていました(参考:40年前の競馬新聞はこんな感じでした…)。

 持っている一番古いダービーの競馬新聞なので、他のページもいろいろと載せます。やはりダービーということでかなり力が入っています。

20100525_13.jpg

 「私のダービー」として週刊大衆編集部次長、自動車内張業、日本バーテンダー協会千葉県支部長の展望が載っています…人選が良く分かりません…。
 スポーツ紙の印もほとんどが◎シンザン、○ウメノチカラでした…。

 あと面白いのは…武田文吾調教師のコメントです。シンザンについての言葉で有名なのは、「コダマはカミソリ、シンザンはナタの切れ味」ですが、ここに残っているは「コダマは名刀正宗のような切れ味、シンザンは村正のごとく重くスカットキレる感じ」。

20100525_14.jpg

 大川慶次郎さんはシンザンに一度も本命を打たなかったそうです。でも、この時点で「着差が少なくとも底なしの強みがあった」と言われているのが神様です。

 第31回日本ダービーは前日版のホースニュース馬も出てきたので、これも載せておきます。

20100525_17.jpg

20100525_18.jpg

 競馬新聞は50円、ダービーの優勝賞金は900万円の時代でした。
 今は競馬新聞が450円、ダービーの優勝賞金は1億5000万円です。


 以上、日本ダービーの競馬新聞について紹介しました。
 それでは失礼いたします…。
nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

競馬-40年前の競馬新聞はこんな感じでした…(2010/03/12) [競馬]

 ※画像はクリックすると大きくなります

 段ボールに入っていた競馬新聞を整理していたら、こんなのが出てきました…。

20100312_4.jpg

 昔の競馬新聞です…昭和38年~昭和43年のものを載せています(関東版は「1馬」もあったようですが出てきませんでした…)。
 以前レーシングプログラムの歴史を扱った記事でも書いたのですが、紙質の変化を見ても高度経済成長の時代だったと感じます。右上・左下のはわら半紙のような頼りない感じなのが、昭和40年代に入るとしっかりしてきて、それも数年ごとに良くなる感じ。

 当時の競馬新聞ですが、4ページの中に12レースの出走表が所狭しと載っています…ただし今のように出走頭数が多かった時代ではなく、4頭立てというのも時にありましたから、字が小さくなり過ぎるということもなかったようです。

 大きさはA3が普通でしたがニッカンケイバはB4、競馬研究はB3でした。B3となるとかなりの情報が載せられますから…

20100312_7.jpg

 メインレースの展望が充実しています。右上の写真は松沢俊夫さんです。
 一方ニッカンケイバは…

20100312_8.jpg

 1ページ3段に分けて詰め込んでいるのが特徴です。ああ多摩川競艇の開催情報が入っていますね…。
 ちなみに昭和38年当時のニッカンケイバの定価は30円。ラーメン一杯の値段が40円…。


 ダービーニュース、勝馬、ホースニュース馬については普通です。

20100312_9.jpg

 表紙はメインレースを主に扱い、前座のレースを中に詰め込んでという感じは今と変わらないです。
 といっても大きなレースのない日は1Rが表紙に来ているときもあります。

 ダービーニュースでチョットした発見をしたので、スキャンしてみました。

20100312_1.jpg

 若かりし頃の競馬の神様が載っています…定価は50円ですが、東映の映画館での料金が50円引きになる券付きなので、東京の人にとっては実質ロハだったんですね…。
 ちなみに当時の映画館の平均の料金が236円(社団法人日本映画製作者連盟のデータより)だったそうなので2割引き相当です。今の東映の映画館の通常料金が1,800円だそうなので、これはお得でしたがどうやって実現したんですかねえ?

 この中の出走表も一つ載せましょう。

20100312_2.jpg
 1967.3.4 第2回東京2日目

 12Rを載せてしまうところが謎ですが…今の新聞と違うのは陣営のコメントの少なさです。もちろん大きなレースになると主力馬の陣営の話は詳細に載るのですが、紙面が限られています。
 馬柱ですが、位置取りが今のように詳しく載っていないのも時代でしょう。調教については基本載っていましたが、当時は確認するだけでも大変だったでしょうね…。
 もう一つ載せます…

20100312_3.jpg
 1967.5.5 第3回東京4日目

 今度は1Rを載せてしまうところが謎…いやこれにはもちろん意味があります。最初の出走表で気づいた方はかなりの馬・優先主義?

 最初の出走表は岡部幸雄さんの初騎乗のレースです。ヨネノハナで3着。
 そして2番目の出走表は、

20100312_6.jpg

 初勝利のレースでした。これもダービーニュースからのスキャンなのですが、1967.5.14のものに何日か分まとまって結果が載っていました…どういうシステムになっているんだか。
 初騎乗、初勝利の競馬新聞が出てくるとはビックリしました…。

20100312_a.jpg
 引退式は現場で見てました…

 これほどの方になるとは、その頃は当然誰も思っていない訳で…。

 最後に、当時の馬券も載せます…

20100312_5.jpg

 競馬新聞は50円なのに、馬券は200円からしか買えなかったそうです(中央開催)。特券(1,000円の)はさすがに出てきませんでした…。
 日本ダービーの馬券は特別バージョンになっています。


 今回は大レースの出走表は出し惜しみしましたが、おいおい載せていこうかと考えています。もう少しだけネタになりそうなのがあるので。
 それでは失礼いたします…。
nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

競馬-日本ダービー(東京優駿)を例にしてのレープロ、出走表の歴史(20090525) [競馬]

 来週はいよいよ第76回日本ダービー(東京優駿)です。資料を整理していたらいろいろと古いものが出てきたので紹介します。

 大レースのレーシングプログラムを保存している方は多いと思います。今の大きなサイズになったのはいつだったか忘れましたが(2003年くらい?)、

20090525_8.jpg
 昨年のレープロが出てこない…

 その前は今のサイズをタテに半分にしたサイズでしたが、もう1世代前になると…

20090525_0.jpg

 1988年の日本ダービーのレーシングプログラム(といっても前日…)。メリーナイスが8馬身千切って勝ったレースが1987年のダービーで、表紙の写真になっています。

20090525_1.jpg

 ちなみにどの馬が勝ったかというと…

20090525_2.jpg
小島太騎乗のサクラチヨノオーでした。

 20年前のメンバーになると、騎手の名前も当たり前ですが今とは全然違って…おっと1人だけ今でも現役の方がいますね…実はこれがダービー初騎乗でした。
 将来有望のジョッキーといえば、三浦皇誠騎手が今年ダービー初騎乗の予定です。このようにして時代は流れていくのでしょうね。

 レーシングプログラムは1986年の最初の開催から発行されるようになりました。でも、大きなレースの開催では特別の冊子が作られていたようです。

20090525_3.jpg

 1967年、第34回日本ダービーのものです。
 表紙の写真だけでも当時は凄いレースだったというのが伝わってきます。今は最大で18頭立てですが、28頭立てでした(32頭立てもその前はあった)。
 枠なりに位置取ったら外は終了ですし、馬場も悪いので後ろでは厳しいでしょうから、ダービーポジションという言葉があったのも理解できます。

20090525_6.jpg

20090525_7.jpg

 今では場外も多く、ネット投票もできますが、当時は買うのも簡単ではなかったと感じます。ちなみに勝ったのはアサデンコウ、中央の鉄人が乗っていた馬でした。

 これがもう少し前になると、紙っぺら一枚の出走表になります。

20090525_e.jpg

 1964年、第31回日本ダービーの出走表です。このレースは競馬ファンの方ならどの馬が勝ったか分かりますね。

 1964年は東京オリンピックの行われた年ですが、この何年か後に出走表が豪華になっているのを見ても、日本の高度経済成長の様子を感じることができます。

 以上、レーシングプログラムというか、出走表の紹介でした。
 それでは失礼いたします…。

適当に画像置いておきます…

20090525_4.jpg

20090525_5.jpg

20090525_a.jpg

20090525_b.jpg

20090525_c.jpg

20090525_d.jpg

20090525_e.jpg

20090525_i.jpg

20090525_h.jpg
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感
メッセージを送る